●ふでづかい
全体的には肉太で、重厚な筆遣いのような印象ですが、これは漢字部分の影響が強いと考えられます。和字部分だけをとりだして見ると、それほどではないようです。それでもリズミカルとはいえず、くねくねとしたうねりが感じられます。
●まとめかた
大小差が大きく、また墨継の潤滑による変化がつけられており、ダイナミックです。このあたりは活字書体としては統一せざるをえませんので、写本の印象とは少し異なってくるかもしれません。字型(外形による分類)でみると、勢いのある書写の姿勢をそのまま醸し出しているようです。
●ならびかた
連綿が多用されているので、活字的に表現すればプロポーショナルです。豪放な書き振りなので、一ページあたりの字数が少なくなっています。
世阿弥元清(1363?-1463?)
室町前期に能を総合芸術として大成させ、現代にまで伝わる能楽の基礎を確立した能役者・能作者。1384年(至徳元)に父の観阿弥が亡くなると「観世大夫」を継ぐ。足利義満の庇護のもとで活躍するいっぽう、38歳で『風姿花伝』(第三まで)を書く。40歳ごろ世阿弥を名乗る。『高砂』『清経』『井筒』といった数多くの作品を通じ、歌舞中心の「幽玄」能を完成させた。その高度な演劇思考は能楽論である『花鏡』『至花道』に結実している。
原資料は、表章・伊藤正義編『風姿花伝 影印三種』(1997年、和泉書院)のなかの、奈良県生駒市の生駒山寶山寺に所蔵されている五巻一冊の金春家旧伝本の影印です。
書法芸術において評価されている書写とはことなり、この『風姿花伝』(金春本)は、書誌学の研究対象として影印出版されているものです。書法芸術ではその書風が取り上げられることはありませんが、印刷用書体としての素材として考えたときに、こういった書物にも目を向けることにしました。
「能」とは、ものまね演技の「猿楽能」を基調として歌と舞を加えてシリアスなものに発展したものです。同じ時期に、こっけいな笑いをテーマとした芸能である「狂言」が誕生しています。
世阿弥元清〔ぜあみもときよ〕の父親である観阿弥清次〔かんあみきよつぐ〕は、伊賀(現在の名張市)で猿楽座を組織していましたが、大和結崎〔ゆうざき〕(現在の奈良県磯城〔しき〕郡川西町)に進出し代表的な猿楽座のひとつとなりました。この結崎座の流れが現在の観世流です。
■組み見本
漢字書体は、
左:金陵
中:聖世
右:花信
『利休にたずねよ』
(山本兼一著、PHP研究所・PHP文芸文庫、2010年)
金春本『風姿花伝』の影印本のなかから、単体の文字をサンプリングしました。
筆遣いは豪放です。「あ」「の」「や」などの「まわし」もおおらかなカーブになっています。平安時代の書写とくらべると、すこし力強さも感じられます。