ふでづかい
 もっとも特徴的なのは「うちこみ」です。井上千圃の教科書体活字では「うちこみ」がなく、「さ」「ち」「は」「む」などはすっと入っています。現状の各社教科書体では、しっかりとうちこまれています。小学生用ということでは、はね・とめ・はらいの書き方で正しいか間違いかが判断されているようですが、一般用として考えれば、むしろは井上千圃の教科書体活字のほうが正統的なふでづかいといえるのではないかと思います。

まとめかた
 字型は、「う」「く」「り」などが縦長方形、「つ」「へ」が横長方形になっているなど、自然なくみたてになっています。一般用としての使用にもたえられる気品のある書体です。

ならびかた
 もともとは小学生用なのでゆったりと組まれていますが、一般用の書籍の本文組みとしても使用できると思います。

井上千圃(1872?-1940)
東京都出身の細字書家で、とくにペン字が出色だったといわれている。文部省(現在の文部科学省)から委嘱され、昭和初期の教科書「国語読本」「修身書」などの筆耕にあたった。日本ペン習字研究会の初期の手本「ペン習字講義録」を執筆。1935年(昭和10)4月に発行された『ペンの光』には、「発刊をよろこびて」という会長としての挨拶文が掲載されている。井上千圃の著書は書写のテキストとしていまも出版されている。『文字の書き方くずし方 』(井上千圃書、文海堂、1988年4月)、『三体千字文 毛筆・ペン/楷・行・草』( 金園社、1995年6月)がある。

 上に掲げたのは『小學國語讀本 巻八』(文部省、1939年、東京書籍)ですが、実際の原資料は、国立教育政策研究所付属教育図書館所蔵の『ヨミカタ 一』『ヨミカタ 二』『よみかた 三』『よみかた 四』(文部省、1941年)です。
 国定教科書の木版の筆耕は、大正時代後半から井上千圃が一手に引き受けており、毛筆で丹念に書いていたようです。ところが文部省から修整指示が多くあるといちいち書き直さなければなりませんでした。
 そこで東京書籍・日本書籍・大阪書籍の三社が協議して文部省と折衝し、すぐに組み直しができるように活字書体を作ることになりました。活字書体にするときに従来と変わっては具合が悪いとの理由から、井上千圃に活字の版下を依頼することになりました。こうして作られた活字がいわゆる文部省活字です。
 井上千圃による筆耕が教科書用書体の版下として採用され、それが教科書専用として制作されたために、のちに「教科書楷書体」「教科書体」とよばれるようになりました。
 しなやかで優美なふでづかいですが、それが小学生にとってはむずかしい筆遣いと思われたのか、現状の教科書体では、よりシンプルなものになっています。


■組み見本

 カタカナは、ひらがなよりも大きく見えるため、少し小さめにしました。

漢字書体は、
 左:蛍雪
 中:毛晋
 右:龍爪

『味を訪ねて』
(吉村昭著、河出書房新社、2010年)

『字音假字用格』は漢字カタカナ交じり文なので、カタカナはだいたい揃えることができました。「ネ」「ヰ」「マ」がありませんでしたので、書風をつかんだ上で新たに書き起こしました。
 そのほかの文字で大きく形姿を整えたのはありません。全体的に統一感を醸しだすように筆づかいや形姿を整えていきました。
『字音假字用格』は漢字カタカナ交じり文なので、カタカナはだいたい揃えることができました。「ネ」「ヰ」「マ」がありませんでしたので、書風をつかんだ上で新たに書き起こしました。
 そのほかの文字で大きく形姿を整えたのはありません。全体的に統一感を醸しだすように筆づかいや形姿を整えていきました。

 ひらがな書体は一般の印刷物に適したものなのではないかと考えました。そこで復刻にあたっては、実際の活字サイズにとらわれず、16Q以下での使用を設計基準としました。
 ペン字にちかいとも思われますが、単調な線ではありません。ペンには弾力がありますので、緩急によって太くなるところと細くなるところができます。それはじつに微妙なところでもあり、注意深く制作をすすめました。

『その人の想い出』
(吉村昭著、河出書房新社、2011年)