●ふでづかい
癖の少ない素直なふでづかいです。一字のなかの脈絡(つながり)もさほど多くはありません。書写されたものをそのまま木版に彫刻したものだと思われますが、少しアウトラインの単純化がみられます。それがやや硬めの印象を受けます。
一見うちこみがないようにも思われますが、漢字の楷書体や、カタカナと同じような「うちこみ」の芽生えも感じられます。「まわし」は緩急をつけて、一度筆をゆるやかにしてからはらっているようです。
●まとめかた
一字一字で完結しています。おそらく御家流漢字ではなく、漢字の楷書体を意識して書かれたために、必然的に独立性を強めたのではないかと思われます。
まとめかたはは至って素直です。字型(外形による分類)の差は大きく、「う」などは縦長方形、「つ」は横長方形になっています。
●ならびかた
いわゆるプロポーショナルです。漢字の楷書体と組み合わせられている和字書体でも、この時代の木版印刷ではプロポーショナルだったということのようです。「鈴屋の文字意識とその実践」がはじまる一歩手前の書体なのでしょう。
本居宣長(1730-1801)
江戸中期の国学者。伊勢の人で、号は舜庵(春庵)、鈴屋〔すずのや〕。京都に出て医学を修める一方、源氏物語などを研究。のちに賀茂真淵に入門し、古道研究を志して「古事記伝」の著述に三十五年を費やした。また「てにをは」や用言の活用などの語学説や、「もののあはれ」を中心とする文学論、上代の生活・精神を理想とする古道説など、多方面にわたって研究・著述に努めた。著書に『初山踏〔ういやまぶみ〕』『石上私淑言〔いそのかみささめごと〕』『詞の玉緒』『源氏物語玉の小櫛〔おぐし〕』『古今集遠鏡』『玉勝間』『鈴屋集』など。
原資料は勉誠社文庫10『玉あられ 字音假字用格』(1976年、勉誠社)という影印本です。著者は本居宣長。このうちの「字音假字用格」をベースにして制作しました。この本は、日本に伝来した漢字の字音に、いかなる和字(ひらがな/カタカナ)をあてるのが正しいのかを、古文献の用例にもとづいて決定したもの、と解説に書いてありました。
『字音假字用格』を選んだのは、漢字書体の宋朝体、欧字書体のヴェネチアン・ローマン体にマッチする和字書体を探していて、江戸時代の木版刊本のどこか荒削りなところが気になったからです。『鈴屋学会報第15号』(1998年、鈴屋学会)所収の矢田勉氏の論文「鈴屋の文字意識とその実践」によって、鈴屋の出版物に興味を持ちました。
この『字音假字用格』は漢字カタカナ交じり文で書かれていますが、表記に関する説明には、ひらがなが交じってきています。すなわちカタカナとひらがなとが同じ文字列で、ひとつの字様としてそろっていることも、復刻には都合のいいことでした。
■組み見本
漢字書体は、
左:麻沙
中:西湖
右:龍爪
『おんな酔い』(藍川京著、双葉社・双葉文庫、2013年)
『字音假字用格』は漢字カタカナ交じり文なので、ひらがなは説明部分にしか出てきません。それでも集字してみれば「す」「に」「も」「り」「れ」の五字以外はすべて揃えることができました。
ひらがなの活字書体化にあたっては「うちこみ」をやや強調しました。とくに「お」「む」は、他の文字にあわせて「うちこみ」をつけました。
同様に「まわし」も底本の筆法を尊重して、直線をつなぐ意識をもって、きれいな曲線にならないように留意しました。
そのうえで「は」「ほ」の「はねあげ」、「は」「ほ」「ま」「よ」などの「むすび」については、できるだけおなじふでづかいになるように留意しました。大きく形姿を整えたのはありません。
ただ同じ文字列ではなかったので大きさに差異がありました。活字として機能するように、大きさ、太さは揃えていきました。