●ふでづかい
『ぎや・ど・ぺかどる』の書風は円満であり、現在にもそのまま通用するレベルの活字書体です。うねりのある筆遣いですが、それほど奔放でないのは、金属活字のためにボディの束縛があるせいかもしれません。「むすび」はちいさく、「まわし」もひき締まった感じがします。
●まとめかた
すなおな組み立てで、字型(外形による分類)でみても、それほど極端な差はないようです。活字書体なので、大小差も、墨継による潤滑も、それほどはないようです。
●ならびかた
行間はタイトですが、連綿が多用されており、字詰めもプロポーショナルです。この時代に、漢字もふくめて、プロポーショナルで、なおかつリガチュアを実現していることには驚かされます。今から400年前に、わが国にもすぐれた金属活字の書体があったのです。
ジョルジュ・デ・ロヨラ(1562?-1589)
イエズス会の日本人助修士。天正遣欧少年使節には、伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアンの少年使節のほかに、引率者にポルトガル人イエズス会修道士メスキータと、随員として日本人助修士ジョルジュ・デ・ロヨラ、日本人少年コンスタンチノ・ドラードが加わっていた。巡察師ヴァリニャーノは、使節団の随員ロヨラとドラードに活版印刷機の購入と印刷技術の習得を課していた。ロヨラとドラードはポルトガルで活字の鋳造と、印刷技術を学んだと思われる。帰国途中、マカオで死去。印刷はドラードによってなされた。
原資料は天理図書館善本叢書の『きりしたん版集一』(1976年、天理大学出版部)所収の『ぎやどぺかどる』の影印です。『ぎやどぺかどる』は日本国内では上巻が天理図書館にあるのみです。上下巻がそろった完本は、ヴァチカン図書館と大英博物館にあります。
『ぎやどぺかどる』とは「罪人を善に導く」という意味です。悪を退け、善きものの道理を説き、信仰を深め、より堅固なものにするための指導書となっています。当時の知識階級にもっとも愛読された書物だといえます。カトリック最大の神学者ルイス・デ・グラナダ(Luis de Granada 1505-1588)の著書です。そのスペイン・サラマンカ版(1573年刊)を、長崎のコレジヨで訳したものといわれています。
アレッサンドロ・ヴァリニャーノ(Alessandro Valignano 1530-1606)は、安土桃山時代に来日したイタリア人のイエズス会司祭です。イタリアのキエチにうまれ、パドバ大で法学博士号を得たあと1566年にイエズス会に入会し、1570年に司祭となっています。天正少年遣欧使節団を立案し、活字版の印刷技術を日本に持ってくることも考えたようです。
■組み見本
漢字書体は、
左:金陵
中:龍爪
右:志安
まず全体の書風を見極めたうえで資料からひらがなの全キャラクターを拾い出しました。
「ばてれん」の場合、基準となる使用サイズは16Q-24Qを想定しています。字面は、現代の明朝体ではなく、楷書体などにあわせて設定しました。
現代において普遍的なデザインになっているかどうか、他の字種とまちがえることはないか、読みやすいかどうか、などということも設計上の重要な判断基準となります。
活字書体の復刻とは、過去の偉大なる遺産を現代によみがえらせるというだけではなくて、あたらしい命を吹きこむようなものなのです。
『ひらがなの美学』
(石川九楊著、新潮社・とんぼの本、2007年)